先日、総務省が発表した「住民基本台帳人口移動報告」によれば、2020年11月の東京都の転出者数は2万8077人、転入者数は2万4044人と転出が転入を4033人上回って5ヵ月連続で転出者が多い「転出超過」となっていることがわかりました。コロナ禍で地域への関心が高まり、郊外への転出や地方移住が進んでいます。政令指定都市や中核都市について「移住と暮らし」という視点からさまざまな都市の魅力と実態をお伝えしてきていますが、今回は愛媛県「松山市」です。地方都市への移住を考える上で参考にしていただければと思います。
松山城を中心にした利便性抜群のコンパクトシティ
松山市は2018年に360人、2019年には472人、と県外からの移住者が増えており、1月16日~17日に全国300以上のブースが集まる東京・新宿住友ビル三角広場で開催される「JOIN移住・交流&地域おこしフェア2021(全国の地域と繋がるチャンス)」にはオンライン移住相談ブースを出展する予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の拡大による「緊急事態宣言」の発出で、開催が延期となってしまいました。自宅などからの相談も可能でしたので残念です。
さて、松山市を抱える愛媛県はふるさと回帰支援センターの「移住希望地ランキング」では、2019年には前年の16位から10位にランクアップ。特に40代では8位、50代では6位。全国のビジネスパーソンを対象に「快適な暮らし」や「生活の利便性」、「生活のインフラ」など8分野で調査した日経BP総合研究所がまとめた「住みよい街2020」では、都道府県庁所在地では4位で、中国・四国エリアでは1位でした。
また、「主婦が幸せに暮らせる街ランキング」全国5位(2014年学研パブリッシング調査)、「民営賃貸住宅の安さ」は全国4位、「物価の安さ」も全国9位という非常に生活環境に恵まれた都市であるほか、「通勤にかかる時間の短さ」全国3位、「仕事の平均時間」全国7位、「余暇時間の長さ」全国2位、と暮らしやすさばかりか、仕事をする上でも他の都市に比べて魅力的な街といえます。
松山市は愛媛県のほぼ中央に位置し、瀬戸内海に浮かぶ中島から高縄山系の裾野の平野を経て重信川と右手川により形成された松山平野へと広がる人口約51万人の県庁所在地で、四国唯一の50万都市です。江戸時代初めに築城された松山城を中心に発展してきた旧城下町で、中心部から路面電車で約10分の距離には3千年の歴史を持ち日本最古といわれる道後温泉があるなど都市と自然がバランスよく共生しています。
温暖な瀬戸内海式気候の夏雨型で降水量も少なく、積雪もほとんどありません。四国の他県に比べて台風の影響を受けにくく、晴天が多く、穏やかで恵まれた気候で、大きな自然災害も少ないのが実情です。年間の降水量は1314,9mmで、日照時間の年間合計値は 2017,1時間です。松山市の1981年から2010年までの平均気温は下表のように16.5度で、2020年は17.3度と上がってきています。
【松山市の平均気温(1981~2010年)】(資料:気象庁資料を基に筆者作成)
中心部から6kmほど、車で15分の伊予灘に面した海岸線には松山空港があります。搭乗時間約1時間半の東京を始め、大阪、名古屋、福岡など国内の主要都市のほか、中国、韓国、台湾等アジア方面の国際線も運航するなど空港利用者数は中四国ではトップの広島空港と拮抗しています。陸路はJR予讃線で2時間45分ほどの岡山で乗り換えれば、大阪、東京、福岡へはそれぞれ新幹線を利用して行くことも可能です。
【松山空港の乗降客数(2019年)】(資料:国土交通省資料より筆者作成)
市内の公共交通機関は、JRと伊予鉄道とバスです。JR松山駅は中心市街のやや西寄りにあり、市街の中心により近い伊予鉄道の松山市駅が中心駅の役割を担っています。同駅からは同鉄道の郊外線が3方向に発着しているほか、市内電車の拠点停留所にもなっています。さらに都市間高速バスを含む路線バスの発着点でもあるなど、公共交通の一大拠点を形成し、バスは市内の広範囲を網羅していて便利です。
【松山駅の1日平均の乗降客数の推移】(資料:国土交通省資料より筆者作成)
【松山市駅の1日平均の乗降客数の推移】(資料:国土交通省資料より筆者作成)
居住費や物価など生活環境に恵まれマイホーム実現も
2020年3月に国土交通省から発表された愛媛県の公示地価は、住宅地、商業地いずれも下降が続いていますが、松山市の全用途は前年比0.3%増で2年連続の上昇でした。商業地は昨年に比べ0.2%上がり、3年連続での上昇で、最も上昇率が高いのは交流広場など整備計画が予定されている伊予鉄道松山市駅周辺の花園町では複数のホテルの開業も予定されているといいます。住宅地は下げ止まり横ばいの状況です。
【2020年の公示地価の変動率】(資料:国土交通省資料より筆者作成) ※カッコ内は前年実績
伊予鉄道の松山市駅に直結した中核都市としてはトップクラスの売上げを誇る「いよてつ高島屋」は四国最大規模の百貨店ですが、同駅からL字型に続く銀天街商店街には2023年にマンション、公共施設や商業施設が一体化したに初の高層複合施設の建設計画があり、郊外に住むシニア層や共働き世代などの入居により、さらなるにぎわいが予想されています。なお、都道府県庁所在地では松山市の家賃は2番目に安く、東京の半額と居住費が低くなっています。
松山市の事業所数は約2万2千、従業員数は約21万人ですが、全国の市町村ランキングでは事業所数は28位、従業員数は30位、中四国では広島市、岡山市に次いで3番目です。同市は第三次産業が中心で、産業別の市内総生産(2016年)でトップの百貨店などを始めとする「卸売・小売業」や観光産業、教育産業、情報サービス業などが立地しているほか、一般機械や金属加工などの製造業、食品メーカーなどが数多く存在しています。
【松山市の事業所数・従業員数】(資料:「平成28年経済センサス」より筆者作成)
松山市では豪雨災害からの復興・復旧や子育て・教育環境の充実や防災・減災対策、松山圏域の中心都市として必要な公共事業等の重要課題を抱えていますが、第6次総合計画に掲げる将来都市像「人が集い 笑顔広がる 幸せ実感都市 まつやま」や公約の実現を引き続き力強く推し進める必要があることからゼロベースで事業の総点検に注力するなど持続可能な行財政基盤整備を進めるとともに、下表の5つの柱からなる公約の具現化を着実に進めているといいます。
【「松山をつくる5つの柱」】(資料:「松山市令和2年度予算の概要」を基に筆者作成)
また、同市は国土交通省の「スマートシティ先行モデル事業」に選定されたことを契機に「松山スマートシティ推進コンソーシアム」が設立され、技術提供者や交通事業者、調査実務などを担う民間企業も参加しています。「交通」をテーマとしたデータ駆動型都市プランニングの実践からスマートシティ実現に向けた取り組みが行われており、松山市駅前広場の空間改変も11月の実証実験後、2022年にも着工予定で、伊予鉄道市内電車への乗り換えもスムーズになるといいます。
松山市駅前広場整備イメージ(出典:松山市HPより)
住みやすさと子育て環境充実などで県外移住者増加へ
愛媛県は2019年度の移住者数が前年度より194人増の1909人で、前年度からの増加率は約1割でしたが、松山市では前年度の360人から約3割増の472人でした。松山市職員が「まつやま移住コンシェルジュ」となり、メールや電話で移住相談を受け付けているほか、移住ガイドブックや移住者向けサイト「いい、暮らし。まつやま」で情報提供。移住相談体制や移住体験機会の充実を図る事業など支援も手厚く行われています。
【松山市の転入者数・転出者数・転入超過数の推移】 (人)(資料:総務省統計局の「住民基本台帳人口移動報告」を基に筆者作成)
同市の「空き家バンク」に登録された一戸建て住宅の改修費用(5年以上の居住を条件に工事費の3分の2、最大400万円まで)を補助する助成制度も利用できるなど子育て世代が生活基盤を早く整えられるような支援も行っています。さらに、地元の学生で結成したプロジェクトチーム「マツカワ」を通じ、移住者の呼び込み推進へ若者に人気の店舗や話題のスポットなどの情報発信や若者目線の事業にも取り組んでいるといいます。
愛媛県では結婚から妊娠・子育てまでを応援するPCサイト及びスマホアプリ「きらきらナビ」を運営しており、子ども連れで気軽に利用できる店舗を紹介するほか、特典・割引が受けられる「子育て応援パスポート」も利用可能。一方、松山市では子育てについて考える子育て情報サイト「カンガ(エ)ルーカフェ」を開設して子育てに役立つ情報を提供しているほか、「子ども総合相談センター事務所」で子育てや教育に関するさまざまな相談を受け付けています。
【松山市「子育て安心プラン実施計画」】(資料:厚生労働省資料より筆者作成)
現在、求職中や仕事復帰を目指す方は、「松山しごと創造センター」が平日と土曜日に無料で利用できるほか、予約制の個別相談にも対応しているほか、松山商工会議所が運営する「まつやまキャリア人材マッチングセンター」では、松山市へのUIJターンを検討している求職者と求人企業の人材紹介とマッチングをしています。女性の「ハタラク」を考えるサイト「Happyにはらこう」では、さまざまな仕事で生き生きと働く女性のインタビューも掲載されています。
【松山市内の生活情報】(資料:松山市HPより筆者作成)
小児救急医療体制や二次救急医療体制がしっかり機能しているとの評価も高い松山市の地域医療ですが、三次救急医療は愛媛県立中央病院救命救急センターが担っています。救急医療については夜間の急病には松山市急患医療センター、休日の場合には松山市医師会休日診療所が。ドクターヘリは県立中央病院を基地病院として2017年より運航を開始し、基幹連携病院には愛媛大学医学部があります。なお、24時間体制の救急案内テレホンサービスも。
森記念財団都市戦略研究所が経済規模や文化度などを都市力として109都市を対象にした「日本の都市特性評価」によれば、松山市は41位でしたが、環境分野では25位、文化・交流分野では27位、研究・開発分野では45位と評価を得ています。特に環境については自然環境もさることながら、気候などの快適性や環境パフォーマンスなども高く評価されてのポジションでしょう。
松山市ではコンパクトであるために市街地では車を使わずに生活ができ、通勤にストレスを感じることなく、まさに「職住接近」という言葉がふさわしい街であり、治安も良く災害などの安全性も高く、安心して暮らせる雰囲気のある都市です。今後、データに基づいて都市マネジメントを行う「データ駆動型都市プランニング」の実装により、歩いて暮らせるまちづくりのほか、健康増進や地域活性化など複数の課題の解決も楽しみです。そして、何より古くから四国遍路をもてなしてきた「お接待文化」により県外からの人や文化を受け入れる風土が根付いている土地ですので、移住者にとっても心強いことでしょう。松山市は地方都市への移住を考える上で有力な候補地の一つといえるのではないでしょうか。