コラム 島根

亀和田 俊明

【地方都市の魅力】島根県松江市 都市機能と自然環境が共存するIT産業盛んな健康都市

総務省は、2021年度から「地域おこし協力隊」制度を拡充するといいます。新規制度として2週間~3ヵ月間のプログラムを加え、参加者が地方により長く滞在して生活を経験してもらうことで、移住の増加につなげたい意向のほか、1~3年の長期枠では空き家改修の経費を補助する制度なども新たに設けられます。昨年4月から政令指定都市や中核都市について「移住と暮らし」という視点からさまざまな都市の魅力と実態をお伝えしてきていますが、今回は島根県「松江市」です。地方都市への移住を考える上で参考にしていただければと思います。

松江の魅力を国内外に発信し、新しい人の流れをつくる

松江市は、プログラミング言語「Ruby」の開発者が同市に在住していることから「Ruby City MATSUEプロジェクト」が進められるなどIT企業の誘致やUIターンの促進に取り組んできた結果、40社近くのIT企業が市内にサテライト拠点を開設しています。現在は2019年度の実証実験を経て、松江発のビジネス創出をはじめ、テレワーク者増加や基幹産業の成長に加え、移住者の増加、企業誘致を目的に「ワーキング ヘルスケア プログラムMATSUE事業」として継続され、都市部企業向けに「松江滞在型テレワークプログラム」がパッケージ化されています。

06 img_teleworkdaysMATSUE 2.JPG (3.73 MB)恵まれた松江の自然に囲まれワーケーションを実践(出典:松江市)

さて、松江市は求人倍率や医療体制など経済産業省が数値化した「地域の暮らしやすさ指標の貨幣価値」では全国1位(2015年)に輝いているほか、子育て環境においても「自治体子育てランキング」で全国11位(2018年・日経BP総研)など家族が安心して暮らせる環境が整っています。余暇に充てる時間が全国1位(2011年・総務省)、通勤・通学時間は全国で2番目に短いなど大都市にはない、ゆとりある生活環境が魅力の街です。

山陰地方の西側に位置する東西に長い島根県ですが、北は日本海に接する島根半島の北山山地、南は中国山地に挟まれ、中央には水鳥の生息地として「ラムサール条約湿地」に登録された宍道湖・中海など自然豊かな地域にある松江市は、松江藩の城下町を中心に発展してきた山陰で最大となる人口約20万人が暮らす島根県の県庁所在地です。宍道湖・中海・堀川など多様な水域に恵まれた水にゆかりが深いことから「水の都」としても知られています。

松江市は冬多雨の北陸型と夏多雨の北九州型の中間型であるといわれていますが、比較的温暖な気候です。降水量は、梅雨期の7月と台風の来襲する9月に200mmを超えるものの、毎月ほぼ平均的な数字を示し、年間の降水量は1787.2mです。日照時間の年間合計値は 、冬季に曇天の日が多いこともあり1.696.2時間です。1981年から2010年までの平均気温は下表のように14.9度で、2020年は15.8度と上がってきています。

【松江市の平均気温(1981~2010年)】9045_01.png (5 KB)(資料:気象庁資料を基に筆者作成)

島根県内には出雲空港、隠岐空港、石見空港の3空港がありますが、松江市から最もアクセスが良いのが中心部からバスで約30分の宍道湖西端の出雲市にある出雲空港です。東京、大阪、名古屋の三大都市圏への直行便があるのは同空港だけです。東京・羽田空港までは約85分。フジドリームエアラインズによる相次ぐ新規路線開設の影響で利用者は増加傾向にあるほか、県内外の輸送需要など重要な役割も担っています。

【出雲空港の乗降客の推移(2019年)】9045_02.png (4 KB)(資料:国土交通省資料より筆者作成)

松江市内は、鉄道ではJR山陰本線と一畑電車がありますが、上りは米子・鳥取・岡山方面、下りは出雲・浜田方面で各時間帯2~3本の運行。一畑電車は、松江しんじ湖温泉駅と出雲大社前、電鉄出雲市間の2系統で運航しています。バスは市営バス、一畑バスなどがあるほか、郊外にはコミュニティバスも運行されています。暮らしやすさの指標となる「バス停までの距離」が全国1位(2015年)など生活利便性が評価されました。

【松江駅の1日平均の乗車人員の推移】9045_03.png (5 KB)(資料:国土交通省資料より筆者作成)

「選ばれるまち松江」めざし若者・女性が暮らしやすい街へ

2020年3月に国土交通省から発表された島根県の公示地価は、全用途の平均価格は前年よりマイナス0.7%、21年連続の下落で商業地の下落率が全国では最下位でしたが、松江市は変動率が0.1%で21年ぶりに上昇に転じています。観光需要によるホテルやオフィスなどの建設が相次いだ松江駅前が同県内では1位で、上昇率もトップ。住宅地は0.1%上昇でしたが、市内13地点で上昇。同市に若干、地価回復の兆しがみられています。

【2020年の公示地価の変動率】9045_04.png (3 KB)(資料:国土交通省資料より筆者作成) ※カッコ内は前年実績

また、松江市の事業所数は約1万、従業員数は約9万4千人ですが、事業所数、従業員数ともに減少傾向にあり、産業別の事業所数は「医療・福祉」は増加傾向なものの、その他の業種は横ばいか減少傾向にあります。産業別の市内総生産(2016年)は7,422億円ですが、産業別のシェアは「サービス業」の41.3%を筆頭に、「卸売・小売業」の13.7%、「不動産業」の12.9%、「製造業」の6.8%、「建設業」の6.7%、「金融・保険業」の6.2と続いています。

【松江市の事業所数・従業員数】9045_05.png (2 KB)(資料:「平成28年経済センサス」より筆者作成)

松江市では将来ビジョンとして「選ばれるまち松江」の実現をめざし、「『若者・女性がもっと暮らしやすいまち』をめざして」と「新しい時代の流れを力にする」の重点項目を踏まえ、「雇用者数増」や「UIターン者数増」、「出生数増」を推進事業の3つの柱にした「第2次総合戦略の政策体系」がつくられています。下表の5つの基本目標と13のプロジェクトには、松江に愛着を持つ市内、市外の関係人口を創出し、地域経済の活性化や地域活動・事業の担い手確保、長期的な移住・定住促進を図ることを狙った「関係人口創出事業」も含まれています。

【第2次総合戦略の政策体系】9045_06.png (38 KB)(資料:「松江市「第2次総合戦略」を基に筆者作成)

松江市の関係人口創出・拡大事業には、人にフォーカスを当て、市内の地域・団体と都市部の関係人口をつなぎ、お互いのニーズとシーズを組み合わせながら、より良い共創の形を生み出すプロジェクトとして「and YOU松江市関係人口プロジェクト」が開始されています。既に「つながりづくりセミナー」やオンラインを活用した都市部交流セミナー、現地試行ツアーなども開催されており、受入体制の構築や同市への関心を顕在化させることができたことから2021年度には、より具体的なマッチングを図って二拠点居住や移住への布石を打っていく考えです。

9045_07.png (45 KB)and YOUには「あなた」と一緒に次の一歩を踏み出したいという思いが(出典:松江市)

医療費無料や支援など子育てに最適な環境は全国11位

松江市の社会動態は、2013年から2016年の3年間は687人の社会減でしたが、2016年からの3年間は283人の社会増になり、2019年からは若年層や女性の転出超過により再び減少に転じています。なお、UIターン者数も減少傾向なものの、コロナ禍で雇用状況やテレワークの普及により今後、状況に変化も予想されますが、移住相談窓口については同市の定住支援スタッフが対応するほか、専門職員である移住コンシェルジュによる協力支援体制が整えられています。

【松江市の社会動態の推移】(人)9045_08.png (5 KB)(出典:「松江市の社会動態」より)

松江市でも東京23区(5年以上在住者又は5年以上通勤者)から同市へ移住し、移住支援金の対象法人として登録された中小企業等に就業した方等には移住支援金(世帯:100万円、単身:60万円)が支給(2019年4月26日以降に松江市に転入した方が対象)されるほか、郊外の定住拠点団地に定住しようとする子育て世帯を対象に市が指定する宅地を20年間普通貸与する「子育て世帯定住促進宅地付制度」など数々の「住まい」の移住支援制度もあります。

松江市では子どもの医療費が助成され、保険診察医療費は小学校6年生までは無料、中学1年生~20歳未満(一定要件を満たす)は1割負担ですが、中学生の入院に関わる医療費を助成するほか、産前・産後への支援、子育て支援コーディネーターの配置など妊娠期から子育て期までの支援を拡充しており、「自治体子育てランキング」は全国11位(2018年)。子育て支援センターも市内9カ所に開設され、親子で参加できる子育てイベントも定期的に行っています。

【松江市「子育て安心プラン実施計画」】9045_09.png (8 KB)(資料:厚生労働省資料より筆者作成)

島根県は、2025年度末での「全国一働きやすく、女性が活躍する県」の実現を目指し、女性の活躍の進捗状況を確認するため「働く女性きらめき指数(女性活躍指数しまね式)」を設定しています。働きたい女性を応援するセミナーや企業との座談会、個別相談会などのイベントも定期的に開催しているほか、育児をしながら仕事が探せる「ハローワーク松江マザーズコーナー」を松江市にも設置しています。

【松江市内の生活情報】9045_10.png (4 KB)(資料:松江市教育委員会&島根県資料より筆者作成)

県内の医療機関や救急に関する情報は「島根県医療機能情報システム」から検索できます。県東部における救急医療における地域の役割は松江赤十字病院が担っていますが、その上で出雲市にある高度救命救急センターの島根県立中央病院と高度外傷センターを備えた島根大学附属病院が連携しています。なお、ドクターヘリの基地病院は島根県立中央病院ですが、松江市内の搬送受入病院としては、松江市立病院、松江赤十字病院、松江生協病院があります。

森記念財団都市戦略研究所が経済規模や文化度などを都市力として109都市を対象にした「日本の都市特性評価 2020」によれば、松江市は残念ながらランク外でしたが、環境分野では14位と高い評価を得ているほか、文化・交流分野では30位に入っています。宍道湖や国宝松江城など素晴らしい風景や伝統的な街並みに古くからの歴史と文化に育まれ、松江市は1951年から「国際文化観光都市」として観光や国際文化の振興に取り組んでいます

城下町ならではの街並みや自然、素朴でやさしい県民性に惹かれて移住する人も多く存在する松江市は近年、「IT産業都市」としても知られています。IT産業の振興をはじめ、企業誘致や人材育成、雇用創出の推進を図り、地元企業との連携にもつなげているほか、関係人口の創出・拡大により移住・定住者の増加を促進しています。現在、松江らしさに磨きをかけ「選ばれるまち松江」の実現を目指していますが、魅力ある雇用の創出にも取り組み、適度な人口規模で都市機能と自然環境が共存した暮らしやすい松江市は地方都市への移住を考える上で有力な候補地の一つといえるのではないでしょうか。

(「Glocal Mission Times」掲載記事より転載 )