コラム 長崎

亀和田 俊明

【地方都市の魅力】 長崎県長崎市 若い世代に選ばれる魅力的なまち目指す国際平和文化都市

国土交通省は、省エネ性能に優れた住宅を購入した人に家具などと交換できるポイントを付与する「グリーン住宅ポイント」制度を創設するといいます。子どもが3人以上いたり、首都圏から地方へ移住した場合には最大100万円分を付与するもので、東京一極集中の是正につなげたい意向です。地方移住への関心が高まるなか、4月から「移住と暮らし」という視点で、さまざまな地方都市の魅力と実態をお伝えしてきていますが、今回は長崎県「長崎市」です。地方都市への移住を考える上で参考にしていただければと思います。

「交流の産業化」掲げて観光都市から交流都市に進化へ

地方への往来を活性化させる施策の一つとして政府が推進し、各自治体が取り組み始めているのがワーケーションです。長崎県でも五島市など離島で展開され人気を呼んでいますが、11月には観光都市で豊かな自然に囲まれたコンパクトな長崎市も日本ワーケーション協会に入会し、ワーケーションの受け入れ推進による地域経済の活性化、そして新たな働き方とライフスタイルの確立を目指すことになり、今後の長崎らしい拠点づくりや環境整備が注目されます。

今回、取り上げる長崎市を抱えた長崎県は、ふるさと回帰支援センターの「移住希望地ランキング」では2018年まで20位以内で推移していましたが、残念ながら2019年は圏外へ。一方で、各地域の現状を多角的に評価分析し、ブランド力を評価した指標で魅力度をランキングするブランド総合研究所が実施している2020年の「都道府県の魅力度ランキング」では、同県は11位と上位にランクインしたほか、長崎市も市区町村別では全国22位でした。

鎖国時代に西洋に唯一開かれた貿易港を持ち、現在でも国際的な文化交流のある長崎市は長崎県南部に位置する人口約43万人の県庁所在地です。周囲を海に囲まれ、独自の文化と歴史が育んだ数々の観光地があり、稲佐山から一望する夜景は「世界新三大夜景」に認定されました。長崎港を中心としたすり鉢状の地形には坂が多いほか、山の斜面を利用して住宅地が広がる独特の都市景観が形成されており、商業施設や事業所、行政施設等は中心部の平坦地にあります。

s(眼鏡橋) (1).jpg (1.24 MB)定住人口の増加へ雇用の促進や子育て環境の充実に取り組む長崎市

長崎には2015年に登録された「明治日本の産業革命遺産」と2018年に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の二つの世界遺産があります。これらの世界遺産を構成する資産には端島炭抗(軍艦島)や大浦天主堂に代表される同市の資産が多く含まれています。また、季節ごとに国際色豊かなまつりやイベントが数多く行われていますが、白眉は1634年から続く国の重要無形民俗文化財に指定されている諏訪神社の秋季大祭「長崎くんち」です。

魅力的な地域資源にも恵まれた長崎市の気候は、暖流の影響が強く、九州の他の都市に比べても温暖で寒暖差の小さい海洋性気候です。梅雨から夏にかけて温暖多湿となってじめじめとし、梅雨には年間降水量の約30%にあたる雨が降りますが、年間の降水量は1857.7mmで、突出して多くはありません。日照時間の年間合計値は 1866.1時間です。長崎市の1981年から2010年までの平均気温は下表のように17.2度で、2019年は17.9度と上がってきています。

【長崎市の平均気温(1981~2010年)】9001_01.png (5 KB)(出典:気象庁資料を基に筆者作成)

空路は長崎市中心部からバスで約40分の隣接する大村市の箕島に作られた世界初の海上空港である長崎空港から羽田空港までは約1時間半、東京・大阪・名古屋など主要都市を中心に運航されています。陸路は博多まで特急かもめで約2時間ですが、2022年秋には九州新幹線長崎ルートが暫定開業の予定で所要時間が短縮されます。なお、新幹線の開業予定に伴って長崎駅は3月28日より新駅舎へ移転・高架化されました。

【長崎空港の乗降客数(2018年)】9001_02.png (4 KB)(出典:国土交通省資料より筆者作成)

長崎市内の公共交通機関はJRの他に路面電車、長崎バスと県営バスです。特に4つの路線がある路面電車は、各路線とも5~8分間隔で運行されているほか、どこへ行くのも一律で130円と安いのが魅力。バスの運行本数も多く、広いエリアをカバーしているため市民の足として親しまれており、長崎駅前からは九州各都市へも高速バスが運行されています。また、坂や狭い道が多いため軽自動車の保有率が極めて高いといいます。

【長崎駅の1日平均の乗車人員の推移】9001_03.png (5 KB)(出典:国土交通省資料より筆者作成)

再開発進むJR長崎駅周辺は高伸長も斜面地は下落傾向

3月に国土交通省から発表された長崎県の公示地価は、住宅地の平均変動率はプラス0.2%で21年ぶりの上昇に転じたほか、商業地はプラス1.2%でした。再開発が進む長崎市のJR長崎駅周辺を中心に10%を超える高い伸びが続く一方、斜面地では下落傾向が続いており、地価の二極化がさらに進んでいます。なお、住宅地の上昇地点は昨年の26地点から34地点に増加しています。

【2020年の公示地価の変動率】9001_04.png (3 KB)(出典:国土交通省資料より筆者作成) ※カッコ内は前年実績

地形の特徴として平地が少ないため、平地にある物件はそれだけで家賃が高くなる傾向があります。長崎駅周辺エリアは市中心部で地形も平坦なところが多く、交通利便性も良いため人気ですが、最も家賃が高くなります。長崎大学や平和公園のある中部エリアは教育施設などがあり、便利なエリアです。北部エリアも中心部からは少し離れますが、家賃も抑えられ大型商業施設などが充実しているので、車移動が中心の子育て世代には気になるところです。

また、長崎市の事業所数は約1万9千、従業員数は約19万人で、全国の市町村ランキングで事業所数は35位、従業員数は38位です。産業別の市内総生産では、「製造業」が約15%を占めています。付加価値額においては、「卸売業・小売業」が最も高く、次いで、「医療・福祉」、「製造業」の順となっています。労働生産性においては、「金融業・保険業」が一番高く、「農林水産業」、「情報通信業」、「製造業」と続いています。

【長崎市の事業所数・従業員数】9001_05.png (2 KB)(出典:「平成28年経済センサス」より筆者作成)

長崎市は、長期人口ビジョンの達成に向けて、第2期総合戦略では、「若い世代に選ばれる魅力的なまち」をめざすべき姿として掲げ、「社会減・自然減の両面で人口の減り方をおさえる」、「人口が減っても暮らしやすいまちにする」、「交流人口を増やす」という考え方を基本に4つの目標を定めて、人口減少の克服をめざしていくとしています。下表の4つの目標を推進するために、それぞれの政策に沿って事業が展開されていきます。

【長崎市の「人口減少対策・地方創生に関する政策」】9001_06.png (33 KB)「第2期長崎市まち・ひと・しごと創生総合戦略」(出典:長崎市HP)

「第2期総合戦略」においては、特に若い世代を意識した中で、下図のように「選ばれるまちになる」ことをテーマに掲げて実施する6つの重点プロジェクトは、人口減少に歯止めをかけることにも確実に貢献するものと考えられているほか、これまで取り組んできた13の重点プロジェクトのうち、3つの重点プロジェクトについては、「次の時代の長崎の基盤づくり」をさらに進め、仕上げていくため、引き続き取り組んでいくとしています。

9001_07.jpg (50 KB)「重点プロジェクト」(出典:長崎市HP)

全国トップレベルの医療など子育てに安全・安心な街

ここ数年の転出者数は13,5000人程度で一定であるものの、2018年、2019年と2年連続で下表のように転出超過数が全国市町村別統計のワースト1位でした。しかし、2019年度に県外から市内に移住した人は前年度の約3倍となる292人で過去最多になったほか、移住相談件数も前年度の2.5倍となる1009件と人口減少対策にも効果がみられています。2020年に入っても市の窓口を介した移住者数が9月時点で125人と前年度同月時点での74人を大幅に上回りました。

【長崎市の転入者数・転出者数・転入超過数の推移】9001_08.png (10 KB)(出典:総務省統計局の「住民基本台帳人口移動報告」を基に筆者作成)

2019年4月に市役所内に「移住支援室」が設けられたほか、移住者を支援する専門の窓口「ながさき移住ウエルカムプラザ」が開設されました。そして、東京では有楽町のふるさと回帰支援センターで移住相談を受け付けています。移住・定住を希望される人に対し長崎市移住定住サポートのホームページ「ながさき人になろう」では、「すまい」「仕事」「子育て」「支援」の情報発信を行っています。

市内の待機児童数は2018年に63人でしたが、昨年、今年と待機0へ減少。子どもや子育て家庭に関する情報を集めた子育て応援情報サイト「イーカオ」があり、行政の取り組みや制度のお知らせだけでなく、保育所などの施設情報も発信。また、ながさき子育て応援アプリ「ココロンアプリ」は、子育てに役立つイベントや施設情報を多く提供。小学生までの児童に医療費の助成を行っていますが、入院にかかる医療費については対象を中学生まで拡大しています。

【長崎市「子育て安心プラン実施計画」】9001_09.png (8 KB)(出典:厚生労働省資料より筆者作成)

市内には移住後も働きたい、自分の時間を活用して新しい仕事を始めたい、スキルやキャリアを活かしたい、起業したいという女性の就労に関する支援をワンストップで行う無料の相談窓口である就業支援センター「ウーマンズジョブほっとステーション」があるほか、長崎県庁舎内にある「ながさき移住サポートセンター」では、そうした女性の就職・転職支援のサポートを行っています。

【長崎市内の生活情報】9001_10.png (4 KB)(出典:長崎市HPより筆者作成)

長崎県は病院数全国8位、診療所数全国3位、医師の数も全国8位と充実した医療体制が整っています。ドクターヘリを導入した初の県でもあり、長崎市には消防や地域医療機関と連携し、住民が安心して暮らせるよう急病、事故など緊急時における救急医療体制が整備されています。救命救急センターも長崎大学病院と長崎みなとメディカルセンターに開設されているほか、休日・夜間の急病には長崎市夜間急患センターがあります。

森記念財団都市戦略研究所が経済規模や文化度などを都市力として109都市を対象にした「日本の都市特性評価2020」によれば、長崎市は「世界の文化都市」との評価から総合ランクで28位でした。文化・交流分野の評価が最も高く11位、研究・開発分野が31位、環境分野が46位と続いています。国際的にも全国的にも知名度が高く、世界遺産をはじめ歴史・文化資源も多く、観光業も盛んなこともあり、MICE等含め文化・交流分野の評価は大きな強みといえます。

人口減少が進む日本にあって、とりわけ長崎市にとってこの問題は深刻な様相を呈しています。同市では定住人口の増加につながる雇用の促進や子育て環境の充実を基本目標に定め、人口減少対策、移住促進にも力を入れてきましたが、取り組みの成果が現れてきています。雇用分野でも起業誘致、地場産業の採用力強化、創業支援の取り組みを推進し、民間事業者によるオフィスビルの整備やIT企業の研究拠点の立地など新たな流れが生まれてきている長崎市は地方都市への移住を考える上で有力な候補地の一つといえるのではないでしょうか。

(「Glocal Mission Times」掲載記事より転載 )