コラム 全国

木下 斉

【アフターコロナ】求められる新たな地方観光産業戦略とは

今回のコロナショックにおいて大きな影響を受けているのは、観光産業、そして飲食産業といえるでしょう。特に国際的な移動を伴うインバウンド客などの受け入れで近年成長していた観光産業は、そもそも国際移動そのものが停止している今、営業は大きく落ち込み、回復の見込みも立ちません。大いなる戦略転換が求められており、星野グループのように「18ヶ月戦略」を打ち出し、短期から中長期の対応策を講じて動いているところもあります。
今回は地域経営の視点から観光を題材にして、アフターコロナ時代の対応策を考えます。

地方成長を一点張りにし、全国一律で支援することの危険性

一方で地域経営の視点からすれば、近年の地方の未来は観光産業しかないといったような非常に偏った戦略のとり方が、今回あらためてその危険性を明らかにしました。これは観光産業だけでなく、地域産業が単調になればなるほどに、その産業変化によって地域そのものが成立しなくなるという問題を抱えることになるのだと、産業政策の分野ではよく語られてきました。

たとえば、デトロイト市の破綻は有名ですが、デトロイトは自動車産業があまりにも成功したことによって、多層的に形成されていたものづくり産業が、「自動車に関連する仕事が最も儲かる」ということで自動車関連企業に全て転換してしまい、自動車産業の競争力が低下した瞬間に都市の経営も追い込まれることになってしまったと言われています。

地域経営の視点においては、観光産業を一つの軸とするにしても、それだけに注力せずに地方であれば農業加工品分野などより多角的な産業形成を意識することは大切です。産業政策で重要視されるべきは、成長性ばかりではなく、安定性です。ポートフォリオを組み立て、適切な多角化した産業構成を作り出すことは、安定的な地域形成には不可欠です。

日本全体をみた際に、観光産業は未だGDPに占める比率約5%程度です。成長率の高いインバウンド部門が一定の停止をしたことによって、このシェアについてはこの1〜2年程度は落ち着くことになるでしょう。日本全体をみればもう少し成長余地があってもよいでしょうが、地方においては観光産業だけのあまりに偏った地域戦略は見直しのタイミングと考えます。

安くたくさんからの脱却のチャンスとすべし

今回のショックは大きな淘汰を生むかと思いますが、一方で短期的に経営が息詰まるという企業はもともとの経営に問題があったとも言えます。自転車操業状態であり、設備投資なども追いついておらず、インバウンド需要の中でも「安くたくさん」に属するグループ客などをターゲットにしていたところも少なくないでしょう。コロナショック前において健全な財務状況であれば、今回の緊急融資制度などによって資金繰りでも問題が起きているというのは私のまわりの地方経営者をみていてもありません。

今回はそういう意味では、従来の安くたくさんの客を呼び込んで既存設備で顧客をどうにか行き渡らせるという形でのインバウンド型の観光産業政策は一旦終焉を迎えるべきだと思っています。ただでさえ人手不足の地方においては付加価値の低いサービスで、多数の顧客を相手にするというモデルは早晩限界を迎えます。事実、コロナショック前の働き手不足論は、結局安くたくさんのサービスを提供しようとして、人手確保が不可能になっていた側面もあるのです。

今回を契機にしてより付加価値の高いサービスを提供する地方観光産業へとシフトしていくことが求められます。

そういう意味では、行政施策も割引クーポン企画などの展開だけでなく、より自治体にしかできない政策を地域内で検討すべきです。本来自治体などは、クーポン券とセット宿泊の施設には単価の引き上げを求めてもよいと考えます。通常1人20000円の宿であれば、これを機に30000円に引き上げる。ただ5000円クーポンで実質的には25000円程度の値上げに感じるように設計する。このようにじわじわと経営効率を高め、その分は入りを制限しても十分に利益が出るという環境に転換していくことが大切でしょう。

DMOは公共財産活用型の観光事業のハブとなるべし

またDMOなどもこのような高付加価値戦略に向けて動くべき時にきています。

DMOはこれまでは補助金事業の受け皿であったり、観光税などの議論がありましたが、そのような制度的な後ろ盾ばかり求めているのは私としてはあまり得策ではないと考えてきました。しかし、今回大いなる役割が出てきました。それは、今後自然観光など公共財産である、公園、河川、港湾、山林などを活用した新たな事業での中間組織的立ち位置です。ソーシャルディスタンスを確保し、三密を防げるという意味では、自然環境を含む恵まれた公共資産の活用は不可欠です。自治体は多数の公園、河川、港湾、山林などを保有していますが、それらの活用が今まではそれほど進んでいませんでした。今後その活用は活発化させるべきですが、数多ある組織が個別に申請などを行い対応することは自治体の業務キャパシティとしても難しいでしょう。

そこで、DMOが地域内公共資産を一旦借り上げるなどした上で、新たな宿泊、飲食、アクティビティなどの民間事業者とマッチングしていくという取り組みは、一つの役割としてあり得るでしょう。転貸で収益を生み出し、その一部を自治体に占用料として支払うことができれば、自治体に歳入を生み出しながら、地元に新たな観光経済を生み出すことになります。さらに言えば、都市部より地方部のほうがこのような事業での可能性は高くあります。

自治体もこのような公共資産活用の大いなるチャンスと捉え、積極的に動くべきです。既存事業者の方々にも既存設備のみならず、自然環境を活かした新規事業への進出を促すことなどに臨時交付金を活用し、しっかりと占用料などでリターンを作り出す投資を検討すべきです。給付金のスタイルも大切ですが、配るお金は一旦配ったらそれで終わりです。自治体にとっては持続的に地域の稼ぎになる経済を生み出す投資的視点を持たなくてはなりません。

都市圏内観光、自然観光をベースにした立地の戻りの速さ

先日熊本県上天草の事業パートナーと話をしているなかで、緊急事態宣言解除後の戻りが想像以上に早いという話をしているのが極めて印象的でした。上天草は立地の利便性は高くありませんが、むしろ自然環境に優れ、何より海という資源があることから、船にのってオープンエアで楽しめるアクティビティ、さらにオープンカフェテラスなどの商業空間を求めて熊本都市圏の顧客が一気に戻ってきていると言います。週末は駐車場が満車になるほどとのことです。熊本市内は引き続き停滞感が続いており、人々は従来の密度の高い都市部には未だ不安感があり、むしろ自動車で郊外部の自然環境の豊かな立地での時間消費を求めています。さらに夏以降の県内顧客向けのクーポン配布もスタートし、既に満室のホテルも出始めています。

このように都市圏内の観光消費は既に移動を始め、特に都市部よりも自然環境の優れた「疎」になる条件を備えているところ、さらにいえば夏のシーズンを迎えるにあたり海などのコンテンツは強みになると感じます。一方で、ここでも安くたくさん路線をやってしまっては、過剰に顧客が殺到し密度を上げることになります。つまりは自然環境立地の観光開発を行いながら、既存事業者とも協調して適切に単価を引き上げ、人の入りを少なくすべきでもあります。

安くたくさんの連鎖によってデフレ経済が継続してきた平成の日本の失敗を学び、今回のコロナショックを契機にして適切な消費構造に戻していく。観光産業においても地域にとってより少人口高所得となり、地域負荷も低い事業モデルへの転換が求められています。

(「Glocal Mission Times」掲載記事より転載 )