福岡

鳥羽山 康一郎

大神設計株式会社 神谷 祐輔さん

「博多ではない福岡」から思い描く未来

福岡市と言えば、さまざまなジャンルで九州の中核となる大都市。しかし同じ市内でも、その「へり」の部分は地方色が実に豊かだ。東京から転職・移住した神谷祐輔(かみたに ゆうすけ)さんを訪ねた。いわゆる「博多」とは違った働きがい・住み甲斐がそこにあった。

大阪生まれ、二都での勤務経験

博多駅から、バスで40分ほど。近代的なビルが林立する景観は後ろになり、車窓にはごく普通の地方都市の風景が流れていく。地元の人ならきっと自家用車で移動するだろうなと思いつつ、緑の濃い町並みを歩き、聞いていた「大神設計」の住所を訪ねた。迎えてくれた神谷祐輔さんが、にこやかに会議室へいざなってくれる。34歳(2019年8月当時)、この地に引っ越してまだ半年程度だ。大阪の寝屋川市出身で、京都の大学を卒業後は大阪の会社に就職した。「飲食業やホテル、レジャー産業を手広くやっている会社でした」という。大阪や東京にある有名なうどん店を皮切りに、全国各地にさまざまな業態の事業を展開している。
「クリエイティブな発想を大切にする会社で、新入社員にも自主的なプロジェクトを任せてくれました」。例えば、長崎県の離島にある宿泊施設を夏の2か月間海の家として経営せよ、と新入社員たちに任せるなど、ワクワクするような課題を与えてくれた。
だがそこを1年程度で退職し、次は東京の会社へ転職。体力的にきつかったせいもあったが、一度は東京で仕事をしてみたいという気持ちが勝った。次の勤務先は、グミキャンディの製造会社。日本で唯一、グミに特化したメーカーだ。業界では有名で、大手各社のOEM生産を行っている。転職サイトで探し、一度の面接で入社が決まった。第二新卒の神谷氏は営業チームに配属され、東京での生活が始まった。大阪の次は東京という2つ目の巨大都市で、キャリアを積むことになる。大阪人にとって東京は何かしらの対抗心を抱く対象かもしれないが、神谷氏は「とても親切な人が多いし、一人暮らしをするのも楽しかった」と、カルチャーギャップは感じなかったそうだ。住んでいたのは江戸川区だったから、下町の気安さもあったのかもしれない。

東京では北区 江戸川区と、下町的なエリアに居を構えた

社長の片腕として福岡へ

グミキャンディメーカーに入社した2008年当時、会社には6人の営業マンがいた。業績は上がり従業員数も増えていったが、営業マンはやがて3人に減ってしまう。神谷氏は社長と行動を共にする機会が増えた。
「隣にはいつも社長がいる、という環境でした。人数が減った分、いろいろな仕事を任せてもらえました。一営業マンであったのに、事業計画書を書くこともありました」
この機械を導入すると費用はこれだけかかるが製造できる製品はこうで、収益はどれくらい見込めるかと計画を練る。それが採用されてプロジェクトを率いたこともあった。「30そこそこの人間にとって、いい経験でした」と振り返る。近い将来それが役に立つとは、そのときは知るよしもない。
神谷氏が26歳のとき、大阪勤務時代に社内で知り合った女性と結婚。福岡市出身で、実家は設計会社を経営していた。そう、今神谷氏が務めている大神設計だ。
2018年のゴールデンウィークに福岡へ行ったとき、義父である大神社長から「会社を手伝ってほしい」とオファーを受けた。結婚以来夫婦で(子どもができてからは3人で)よく福岡へ里帰りしていて、こういった話はそれまでもちらほら出されていた。あくまでも冗談と受け流していたが、そのときは真剣だった。3年前、博多の会社でシステムエンジニアをやっていた奥さんの弟を、次期社長候補として入社させていた。その片腕として経営に加わってほしいと、請われたのだ。事業承継に対する大神社長の考えを聞き、心を決めた。
「妻の実家が会社経営していることはもちろん知っていましたし、相談や打診はそれまでも受けていました。いよいよ真剣に来たな、と。妻の実家ということもあり、子どもも祖父母になついていましたから」
かくして11年間の東京暮らしを切り上げ、「三都目」の生活が始まった。2019年2月のことだった。

「福岡ではまだ半年のキャリアです」という神谷氏

飛び込んだのはまったく未経験の業界

新卒で入社したのは外食・サービス業、次は菓子の製造業。そして今度は設計会社。営業担当となり、奥さんの実家ではあるものの、今までのぞいたこともない業界だ。ちなみに設計会社にはさまざまな分野があり、大神設計は建築現場の工事用図面を描くB to Bの設計会社だ。ゼネコンなどから図面作成のアウトソーシングを受けて納品するのが主な業務。大神社長は1986年にスーパーゼネコンから独立して会社を興した。
「業界が違うと、使っている言葉や単語も違います。それに、周りからは『娘婿が入ってきた』という視線で見られます。妻は実家だから気楽ですが、私はとても不安でプレッシャーも感じていました」
それでも、比較的すんなりと新しい環境に溶け込めた。大阪で生まれ育ち東京は下町に暮らし、人の懐に自然に入っていける素地があった。さらに、グミキャンディメーカーでは経営的な修業や経験も積んできたから、大神設計の経営にタッチすることに違和感はなかった。
「まったく未経験の業界で営業職となれば、とにかく勉強しなければ。何もわかってないのでそれは自分に課せられた使命だと思っています。
大神設計は本社に15人、別の場所にある事務所に10人、それ以外に、現場へ派遣されている人たちが20人ほど。現在45人の所帯を持つ会社だ。創立30年を超え、そこそこの規模にまで拡大してきた。従業員の他、取引先からも「東京から来た新人幹部」は興味の的だろう。神谷氏は、まず自分なりの方法で爪痕を残そうと、ある企画を考えた。

手前の容器に入っているのが最初に手がけたノベルティ

強力営業ツール・大神グミ

「建築業界って、昔から体育会系であるとともに職人気質も濃くて、堅い感じがしていました。あまり遊びが許されないというか。最初はアポイントも取りづらくて」と感じた神谷氏は、大神設計という名前をフランクな形で広めるために、社名入りのグミを作ったらどうかと思い付いた。営業先に持っていって見せれば、笑ってもらえるネタとなる。さらに、職人は夏場など気温がとても高くなる環境で働いているから、クエン酸や塩分が含まれるグミは熱中症対策として有効だ。レモンスカッシュ味で、気分もリフレッシュできる。
「前職の社長に相談して、無料でサンプルを作ってもらいました。『大神グミ』とラベルに大きく書いてまずは覚えてもらおうという、ノベルティー作戦です」
ラベルには大神設計の営業品目もしっかりと載せている。電話番号もホームページのURLもあるから、あとで思い出したときに連絡をもらうことができる。今までにないアプローチは、好評を博した。「ああ、あのグミのところ」と、記憶に残ったに違いない。前職の資産も、しっかりと活用した。

「熱中症対策」という謳い文句は現場で興味を惹く

父ちゃん母ちゃん会社を「企業」へ

今でこそ40人超の従業員を抱える大神設計だが、そのスタートは個人事務所。今でも社長の奥さんが副社長を務めている。息子が次期社長となることは既定路線で、いわゆる「同族会社」だ。そこにあって、神谷氏の立ち位置はどこなのか。
「『父ちゃん母ちゃん会社』からの脱却を進めることだと思っています。よかれ悪かれ個人商店的な空気は残っているので、それを『企業』にしていかなければ」
方策のひとつが、「メリハリを付けること」だ。例えば神谷氏は会社から徒歩45秒の場所に住まいがある。職住近接ならぬ隣接だ。東京時代は江戸川区から豊島区の駒込まで通勤していたから、その間にオンとオフを切り替えることができた。今はそのスイッチがない。地方転職の大きな魅力が通勤時間の短さであるが、短すぎてメリハリが付かないのだ。従業員の立場としては、「会社ではなく家に行く」感覚。これでは個人商店から脱しきれない。
「正直、一般企業からすると『え?』ということもまだ残っていて。妻の弟も会社勤務経験がありますから、同じような驚きがあったと聞きました」
経営幹部として都会から外部人材を迎えたが、結局うまくいかなかったというケースは多い。しかし次期トップと感覚を共有できていれば、その危惧はないだろう。外の風が、新機軸を運んでくる。
「企業として総務機能も強化していく必要があります」。コーポレートガバナンスやコンプライアンスといった、都市部では聞き飽きた単語がまだ新鮮に響く状況が残っている。

同族会社を「企業」に育てていくのは経営人の手腕

目指すは建築コンサル商社

大神設計の営業品目を見てみると、施工図、トレース、工事写真、データファイル、派遣といった項目が並ぶ。
「もともと図面作成の請負から始まった会社です。同じような営業をしている会社もたくさんありますが、それだけでは限界があります」
そこで、書類や建築写真整理の代行、現場へCADオペレーターや図面を描く人材を派遣といったサービスも加えてきた。さらに「BIM」という項目もある。これは、「Building Information Modeling」の略で、建築図面の情報管理を自動で行い、設計から施工までの全プロセスでデータを一元化することでミスやコストを大幅に削減できるシステムのこと。普及はまだこれからと思われているのだが、近い将来を見越して導入されている。
「そもそも建築の図面をきっちりと描いて進めているのが日本の特色なんですが、世界的に見ると少数派です。BIMによって図面が要らない時代になっていくとも言われていますし」
さらに神谷氏はこういった知識を充実させながら新しいスキルを身に付け、一種の「コンサル」のような形になることを目指している。
「今までは当社が扱っている商材の中でしか対応できませんでしたが、そういった知識や人脈を駆使して問題解決をしていきたいです。建築業界のコンサルティング商社という位置付けです」
単なるアウトソーシング先から、ソリューションを提供する存在へ。あそこに頼むと何でも解決してくれる──黄色いグミキャンディからコンサルへの道筋が引かれた。

大神設計のWebサイト(http://ohgami.net/)からは、アンテナ感度の高いイメージが

福岡市の「へり」のやり甲斐と楽しさ

冒頭で「緑の濃い町並み」と書いたが、ここは福岡市の中でも郊外の南区である。九州随一の大都市・福岡といえども、中心地の博多区とは比較にならないほど自然にあふれている。東京なら、千代田区・中央区・港区ではなく多摩の1エリアに置き換えて考えればわかりやすい。
「博多からずっと南に下ってきて、そのまま行くとすぐに佐賀県です。都会という感じではまったくありませんね」
いわば、福岡市の「へり」に位置する南区。大阪、東京といった大都市に比べ「とても住みやすい」と言う。正直、年収は2割ほど下がった。だが、家賃や交通費を考えると気にならない。物価はさほど変わらないが、「激安スーパーが多いんですよ」と神谷氏。車でそういった所を回るのも楽しい。スーパーで普通に売っている刺身がおいしくて、衝撃を受けたそうだ。
「こっちは食べ物もお酒も素晴らしい。飲むのが好きなので、本当に嬉しいですよ。今まで控えていたゴルフも再開したいと思ってます」。どちらも営業には欠かせないたしなみだ。神谷氏の営業力が本領発揮される日も近い。
プライベートでは、旅行に出かけるのが好きだという。ドライブはもちろんのこと、福岡空港まで近いので出かけやすい。さらに、博多港からフェリーも頻繁に出ているので大阪や神戸などに足を伸ばせる。
「上の息子は、東京にいた頃は新幹線が好きだったんですが、今ではすっかりフェリー好きに。私も釣られてます」と笑う。
やり甲斐・生き甲斐は大都市のへりにあり──地方に行きすぎずほどほどのローカルというのも、未来を決める選択肢のひとつなのかもしれない。

緑の濃い運動公園を歩き、英気を養いアイデアを練る

神谷 祐輔さん

1985(昭和61)年、大阪府寝屋川市出身。大学卒業後、大阪に本社のある飲食・サービス業を展開する会社に就職。翌年東京のグミキャンディ製造会社へ転職し、営業マンとして活躍。大阪時代に知り合った現在の妻と遠距離恋愛の末結婚。2019(平成31)年2月に福岡市南区の大神設計株式会社へ転職。2児の父。

(「Glocal Mission Times」掲載記事より転載 )