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GLOCAL MISSION Times 編集部

株式会社日本人材機構 代表取締役社長 小城武彦×株式会社経営共創基盤 代表取締役CEO 冨山和彦

地方企業にこそ、「経営」の本質がある

企業の経営支援やコンサルティング、M&A実行支援などを行っている経営共創基盤のCEO冨山和彦氏。地方のバス会社も経営している立場から、「SELF TURN」の可能性や地方企業で経営に携わることの意義などを語っていただきました。かつて産業再生機構を率いていた鋭い舌鋒が、日本の大企業の現況も浮き彫りにします。

終身雇用・年功序列制の働き方に未来はない

小城:地方の中小企業にはあまりにも経営的な人材が少ない。それをなんとかしようというのが「SELF TURNプロジェクト」であるわけです。人材の供給源は東京に沢山あるはずですが、調べてみると不活性度が高い。これまでUターンやIターンがさんざん言われ、地方創生や地域活性化も叫ばれてきました。でも、ほとんど動いていません。それを深く掘り下げるために、「SELF TURN」というコンセプトを出しました。冨山さんはいろいろな大企業のビジネスパーソンと接点があると思いますが、我々が狙っているこのプロジェクトはどう見えるでしょうか。

冨山:バブルの崩壊から四半世紀、一生懸命勉強していい大学に入り新卒で一括採用されて終身そこで働くという、単線的な人生を環境が許さなくなっています。バブル崩壊はグローバリゼーションとデジタル革命の始まりとタイミングが重なりますが、そんな中で事業や機能はどんどんダイナミックに入れ替わっていきます。世界と戦っているグローバル企業の中では、相当上に行かないと「三流」ということになってしまう。本人の居場所もなくなってきて、「自分はいまいちではないか。イケてないかもしれない」という感覚を持つ。20年30年は会社の中で過ごしてきたわけで、そう思っても方向を変えられない。まして会社が倒産してしまえば行き所がなくなります。かつて産業再生機構で手がけた会社で再就職支援をやった際、管理職に「あなたは何ができますか」と訊くと「私は○○社の課長ができます」という回答が返ってきた。その会社の枠を外したら、ほとんど何のアイデンティティも持っていないのです。日本中から優秀な人が東京に集まり、大企業に入っても、この状況では非常に不幸になります。国も組織も個人も不幸という、不幸の三重奏を転換しないとみんな幸せになれません。従来型の、終身雇用で年功序列制、総合職で正社員、といった働き方にははっきり言って未来はないのです。

社内の既得権益者が改革を邪魔している現状

小城:今でも大企業は有名大学の優秀な学生を採って、企業の中で役職定年までは触らず置いておくという人事慣習がけっこうあります。このような人事慣習というものは企業サイドでは変えにくい。だからこそ、我々は個人へ直接メッセージを出そうと思っています。

冨山:人事部自らが終身年功制的な部署であることが多く、旧来の仕組み内で既得権を持っています。自縄自縛になっているところがあって。その会社内の人物のことはよく知っているけれど、本当の人事スペシャリストは少ない。だから転職してもこれまでのスキルが発揮しづらい。

小城:そうなんですね(笑)。

冨山:今のシステムの中で充実した人生を送ってないなら、それを変えれば会社は活性化するし、幸せになります。でも旧来システムに乗っかって既得権を持っている人たちにとってはストレス。同じ集団内に幸せとストレスを感じる人がいるというのは軋轢を生むので、いやがります。でもそんなのはたいした問題ではない、関係ない、とトップが思いきってやってしまえば変えられるのです。ただ、現実的にはトップをいちばん集団に馴染めた人が務めているわけですから、変えられるケースはすごく少ない。そうするとやっぱり個人にアプローチして問題意識を促すという方法が有効で、いちばん早いと思います。現状やばいなと思っているいわゆるエリート社員は明らかに増えています。今までバブル崩壊前の時代が戻ってこないかなとかすかに思っていたけれど、やってこないし(笑)。いよいよ変え時かなという気になっているという気がします。

顧客の顔が見えるのが、地方中小企業の大きなメリット

小城:冨山さんの会社では地方のバス会社をたくさん経営されていますが(※)、実際東京から行った人材が地方の会社に入って活躍している状況をリアルに見てどうですか。

冨山:地方企業は残念ながら給与レベルはさほど高くないのですが、実際はいい経営資源を持っていたりいい商圏をもったりしている会社はいっぱいあります。東京に比べると競争密度は断然低い。だから東京でそれなりに鍛えられた基礎能力の高い人たちが行って本気で仕事にコミットすると、非常に高い確率でうまくいくんです。東京で2万人の会社の真ん中からちょっと下くらいにいた人が、地方へ行ったらいきなり副社長とか執行役員以上になって、相当な責任を持って仕事ができます。コントロールできる割合が大きいし、経営している実感がある。お客さんの顔が見えることも、地方企業のよさです。地域との密着度も高い。大企業では内輪の争いに9割のエネルギーを使って、お客さんのために割けるのは残り1割(笑)。

小城:地方企業に行った方々の「BEFORE」「AFTER」はどのような感じでしょうか。

冨山:最初は苦労するんですよ。東京の大企業的な言葉を喋る。小難しいことを。それと、英語を多用してしまう。「自己資本利益率」と言わずに、「ROE」とか(笑)。最初は会話が成り立ちにくいことはあります。企業オーナーや地域コミュニティとの人間関係に慣れるのにちょっと時間もかかります。もうひとつ、経営的なインフラが整っていないから、大企業ならポンと出てくるデータでも、自分で数字を探さなければならない。資料も手づくりしなければならない。でもそれを乗り越えると「大人」になるんです。地域社会や人との関わり方を学ぶというか。根源的に人間が持っている常識感覚を持てるようになります。
(※)みちのりホールディングス:福島交通、茨城交通、岩手県北自動車、関東自動車などを傘下に納めている。

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地方企業での経験が、プロの経営者を創る

小城:地方で人間が創られていく、ということであれば東京のビジネスパーソンにとっても地方へ行く意義や意味があると思います。大組織の歯車的な仕事をしていくよりも、地方の小規模な会社かもしれないけれど、そこですべてを行う、いろんなステークホルダーと関わっていくと、かなりリテラシーが上がりますしね。

冨山:売上何兆円という会社だと、副社長、財務担当、人事担当、事業部長などとトップの距離は離れています。でも、地方の中堅企業ならトップとの距離が圧倒的に近いんです。日本の大企業では、社長になるまで部分的な機能しか果たしていません。大企業なら資金繰りの心配も要らないでしょう。地方中小企業の経営者の方がよっぽど経営の本質に近いことをやっています。よく「経営指導」とか言って銀行のお偉いさんが中小企業に行くでしょう。経営したことない人間がどうやって教えるんだと。漫画みたいですよね(笑)。経営という仕事が、日本ではスペシャリストとして認識されてきませんでした。エリートの仕事だった経営は、戦後、エリート教育否定の中で排除されてきたからです。アメリカであれば、20代の終わりくらいにビジネススクールに行って経営者になるという明確な意思を持つ。日本では営業や生産やいろいろなことを経験して、人望があるから社長でいいかな、となる。組織の中で立派な仕事をして立派なビジネスパーソンになり、そのなれの果てが経営者というロールモデル。「本当の意味の決断」をしたことのない人間が経営者になるんです。ボクシングを習いたての選手がアウェイのリングに行って、現地のチャンピオンと戦うみたいなもの。日本の大企業でボクシングもどきのようなことを20年30年だらだらやっているのだったら、地方へ行って本当の経営者としてのキャリアを積むのは有効だと思います。

労働生産性と賃金を上げる「ホワイト戦略」こそが決め手となる

小城:昨今は働き方改革の動きの中で労働時間の短縮が言われていますが、人手不足が課題とされる地方経済の活性化において、どう影響があると思われますか?

冨山:地方創生の議論が始まる前から僕自身は人手不足の問題は構造的で、景気とは関係ないと言ってきました。でも一般的には20数年前に人手が余っていた時代の発想しか持っていなかった。「労働時間規制になると経済成長がマイナスになるのではないか」という意見もある。でも構造的に人手が足りないことがわかれば、人々の頭の中も変わります。労働集約的な産業で勝っていこうと思ったらブラック戦略をすぐ考えますが、低賃金長時間労働などは生産性が低い。例えば地方のバス会社の場合、鉄道会社が子会社化してそこで低賃金で戦おうという発想が濃厚です。でも若者は東京へ出ていってしまうし高齢者も増えているから、そこで賃金を下げたらますます運転手不足が逼迫します。だから賃金を上げるのです。それに伴って労働生産性も上げる。労働生産性は付加価値を時間で割ったものだから、分母、つまり働く時間を減らして分子を大きくしなければならない。要はホワイト戦略です。これは最大の経営資本になります。我々のバス会社はゼロからスタートしてこの10年間で従業員が4000人になった。つまり無限大に大きくなりました。ホワイト戦略を採っているところに人は集まるからです。労働組合でも、横のつながりで「お前のところはなんでそんなに給料が高いんだよ」となって、あそこに入れてくれと会社に言うケースもありました。労働力の供給というのは、経済構造のパラダイムの中でいちばん大きな転換ドライバーだという認識はされています。ヤマト運輸がついに値上げを発表しましたが、ようやく世間の風向きが少しずつ変わってきたと感じるのではないでしょうか。地方でも、そういう戦略転換をした会社が増えてきています。

未来を創る選択肢のひとつとして「SELF TURN」がある

小城:こういった社会の流れの中で地方企業にそれなりの力を持った人が入れば、冨山さんがおやりになっているようにホワイト化できるし、生産性が上がるという実例があります。そういう人材にとって、チャンスは山ほどあるのです。

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冨山:超一流の製造工場へ行って、「もっと生産性を上げろ」と言っても、それは無理ですよね。例えば100mを10秒で走れる人を7秒にするようなもので。でも100mを40秒で歩いている人をスロージョギングで30秒や20秒にすることはできる。こういう、30秒40秒の会社は地方にはたくさんあります。経営者がやるべきことをコツコツやっていけば、20秒近辺まで行く。30秒が20秒になれば1.5倍。賃金を1.5倍にできるんです。経営者として世のため人のために役立てるわけです。

小城:大組織で40歳の人を例に取ると、経営に関わるのは最低でもあと15年くらいかかる。だったら地方の経営を5年とか10年経験してから戻ってくれば、それなりの力が発揮できるのではないかと思います。

冨山:僕と同世代、ちょっと若い世代の未来を創るための選択肢に、地方の中堅中小企業で経営の仕事をすることを入れてほしい。経営というのは素晴らしい仕事です。同じ会社にだらだらしがみつくよりも、絶対豊かな人生を送ることができます。どうせやるなら、元気なうちにSELF TURNしてやりたい仕事をやる。僕らも3年くらい前から成長戦略として主張していることです。我々のバス会社でも実践して成長していますし、確信しています。ぜひ飛び込んできてほしいと思います。

(「Glocal Mission Times」掲載記事より転載 )