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GLOCAL MISSION Times 編集部

株式会社秀エンタープライズ/灯りの宿 燈月 支配人 伊藤 伸さん

別府の最先端ホテルに転職。50代でも湧き続けるやりがいの源泉とは?

日本一の温泉湧出量を誇る別府温泉に2019年オープンした「灯りの宿 燈月」。その支配人として活躍する伊藤伸さんは、57歳で福岡からこの地に転職してきた。暮らしやすさばかりが注目される地方への移住だが、「この歳になっても、まだまだ上をめざして働きたい。収入だって上げていきたい。そう思ったから、この転職を決断しました」と話す伊藤さん。そんな伊藤さんが体感している地方のやりがいや、リアルな暮らし心地をうかがうべく、大分県別府市を訪ねた。

全室にAiスピーカー。別府に誕生した最先端ホテル

別府市の西部にある鉄輪(かんなわ)地区は、別府でも屈指の人気を誇る温泉エリアである。多彩な温泉はもとより、緑の山や青い別府湾を背景にたなびく白い湯けむりは温泉情緒、満点。そんな鉄輪に2019年4月にオープンした「灯りの宿 燈月(https://akarinoyadotogetsu.com/)が、伊藤伸さんの仕事場だ。

和風なネーミングとは裏腹に、そのデザインやサービスはとてもモダンで、スタイリッシュ。41ある客室はいずれも洋室で、全室に多言語に対応するAiスピーカーが設置されている。食事は、「おおいた和牛」など地元のこだわり食材を使用したビュッフェスタイル。客室の種類も40㎡のスーペリアルームや、53㎡のデラックスルームなどさまざまなタイプがあり、温泉は100%源泉かけ流し。しかも通常は1か所の家族風呂を3室用意するなど、特にインバウンドのニーズに対応できる最先端のホテルとして、オープン直後から話題を呼んでいる。

そんなインバウンドをターゲットにするコンセプトが、このホテルと伊藤さんを結び付けるきっかけだった。

昇進、転職の末に感じた、行き詰まり感

伊藤さんは熊本の出身。もともと大分県との接点は全くなかったという。鹿児島、福岡のホテルで営業部長や支配人として活躍した後、日本人材機構の伴走型転職支援サービスに登録。紹介されたのが、「灯りの宿 燈月」を経営している「秀エンタープライズ」(本社別府市)だった。

「秀エンタープライズ」は、大分県内にホテルを15ヵ所経営。年商は140億円を誇る。業界では、県内でもトップクラスの地場企業だ。

「大分でそれだけのホテルを経営している会社はなかなかないし、そもそも全国チェーン以外で15軒もホテルを持っている会社って、なかなかないんです。ここだったら大きな仕事ができそうだし、新たな活躍の場としては申し分ないと思いました。しかも私はインバウンドに興味があったんです。ちょうど同社もインバウンド誘致のためにこのホテルを計画しているところだったので、タイミングもよかったんですね」

一方、会社側からは、伊藤さんの幅広い経験値とマルチなキャリアが高く評価されたようだ。

伊藤さんは大学を卒業後、鹿児島のホテルに就職。宿泊部門を皮切りに、自ら希望してレストラン、宴会の各部門を経験。その後、営業部に配属されると、1人の年間売上が平均6000万円だった社内で、3億円を売り上げる敏腕営業マンに。年功序列の時代だったにも関わらず、30代で本部長に昇進し、約250人いた社員のナンバー4まで登り詰めた。しかし、「そこから先がなかった」と伊藤さんは振り返る。

「その後も福岡のホテルで、数軒の支配人をしましたが、まぁ、50歳を過ぎたら、役員になるぐらいでね、先の楽しみが段々と無くなっていくんですよ。部下の指導をするとか、そういう仕事しかなくなってくる。でも自分はもっと上を目指して働きたかったし、やりがいを感じながら働き続けたかったんです」

と、転職を決断した思いを明かす。

灯りの宿 燈月 支配人 伊藤 伸さん

ホテルの未来のために。「働き方改革」を推進

現在の会社に転職後、伊藤さんが託されたのは、「灯りの宿 燈月」のソフト面の構築だった。ホテルが目指すサービスの在り方を考え、中国人、ネパール人、韓国人、ベトナム人など、国際色豊かなスタッフに教育。と同時に備品の検討・調達も担当し、客室へのAi設置も伊藤さんのアイデアで実現した。

「なにか面白いことをやりたいなと思いましてね。今後は当たり前になっていくかもしれませんし、まずうちがやってみようと。遊び心で採り入れてみたんです」

そうした努力の甲斐あって、開業から間もなく迎えたゴールデンウィークは、台湾、香港、中国などから集まった多くの観光客でにぎわったという。

「Googleやエクスペディアでも、良い評価をいただいています。それを持続させるためにも、社員の研修は今も毎日やっていますよ。新入社員も半分ぐらいいますし、海外からの社員もいますからね。すぐに100%の接客ができる訳ではありませんから、日々の訓練を大事にしています」

と同時に今、伊藤さんが力を注いでいるのが、ホテルの「働き方改革」だ。

「一人ひとりが全部の仕事をやっていく、という改革に取り組んでいます。温泉というのは、中抜け制度が多いんですね。昼間は全くお客様がいないから、昼間抜けて、朝晩働く。でもそれじゃあ、若い人が続かない。だから2部交代制で、朝晩交代で働こうと。レストランから、清掃、ベットメイキング、チェックイン、チェックアウトまで、誰か1人に任せるのではなく、全員で、交代でやっていくシステムを作ろうとしているんです。8時間働いたら、2部の人たちが来て、同じ仕事をしてくれる。となれば、残業もせずに帰れますからね」

ホテル業界の新たなモデルにもなりそうなこのシステムを実現させるために、伊藤さんを始め、役員たちも全員、清掃やベッドメイキングに取り組んでいるという。

客室の随所に、心のこもったおもてなしが感じられる

「このシステムは残業がない代わりに、いろいろな仕事をしないといけないので、すごくハードにはなってくるんです。であれば、上に立つ人間も一緒になって働く姿勢を見せないと。それが社員にとっても一番、「やろう!」という気持ちにつながっていくと思いますから」

ホテルの働き方を考える取り組みの背景には、伊藤さん自身の体験と、業界が抱える課題もあった。

「ホテル業界はどうしても、勤務時間が長い、仕事がきつい、ということがネックになってきました。と同時にこれまではやっぱり、体育会系のホテルが多かったんです。特に私が若い頃はね。そういう課題を払拭していかないと、人も、経営も、続いていかないと思ったんです」

ホテル業界に限ったことではないが、最近は入社後1年も持たずに辞めていく若い人材が多いという。そうした状況に強い危機感を感じている伊藤さんは、社員が「ここで働きたい」と思えるホテルを作っていく必要性を経営陣に訴えてきた。

「ですから休みも、普通は月に7日くらいのところを、このホテルは月に9日間にしたんです。しかも、暇な日は早く帰らせます。有給休暇も積極的に取らせるようにしていまして、入ったばかりの子がもう有休を取ってますよ。昔だったら考えられなかったけれど、どうぞ、どうぞと(笑)。そういう職場のほうが、忙しくなったらみんなで協力してやろうという気持ちも芽生えてくると思うんです。なにより我々はサービス業ですから、スタッフが笑顔で出社して、楽しく仕事ができるような体制を作っていくことが大事だと思うんですよね」

株式会社秀エンタープライズ/灯りの宿「燈月」 支配人 伊藤 伸(いとう しん)さん

1962年生まれ、熊本県出身。熊本の大学を卒業後、鹿児島のホテルに就職し、20年間勤務。宿泊フロント・予約・セールス・宴会・婚礼・レストランでキャリアを積んだ後、30代で営業統括本部長に。その後、福岡のホテル業界に転職し、数軒のホテルの支配人を歴任。2018年に「日本人材機構」の仲介により、別府市に本社を置く「秀エンタープライズ」に転職し、同年9月に夫婦で別府市に移住。「灯りの宿 燈月」の立ち上げに参加し、2019年4月の開業後は支配人として活躍中。